世界的な脱炭素の流れから、二酸化炭素を排出しないグリーン水素生成市場は急速に拡大しており、2024年の1767億4000万ドルから2032年には2782億6000万ドルに成長すると予測されています。
多くの国がグリーン水素の製造・普及を促進するための政策を打ち出しており、日本も2023年6月に水素基本戦略を改定し、国内での大規模グリーン水素の生産・供給の早期実現を目指しています。
今回紹介するイギリスのITM Powerは、水素生成技術の最先端企業であり、今後のグリーン水素市場の拡大のカギを握る企業です。ITM Powerに焦点を当てながら業界の動向を探ります。
ITM Powerについて
企業概要
ITM Powerは、2001 年にイギリスで設立されたエネルギー貯蔵およびクリーン燃料会社です。
特に、ITM Powerはグリーン水素製造の最前線を走る企業であり、再生可能エネルギーを利用した水電解技術、装置の大規模化、大量生産において独自の強みを持っています。ITM Powerの主要製品であるPEM(プロトン交換膜)電解槽は、効率的かつ高性能で、装置の大規模化に適しています。また、電力の変動に柔軟に対応できるため、風力や太陽光といった変動の大きい再生可能エネルギーの利用にも適しています。この技術は、グリーン水素を生産する際のコストと効率の両方を最適化するため、多くの企業や政府が注目しているポイントです。
先進技術について
ITM Powerは、再生可能エネルギーを利用したグリーン水素製造に強みを持っています。
ITM Powerは、プロトン交換膜(PEM)技術を採用しており、これが同社の主要な技術的特徴です。PEM技術は、以下の利点を持つことで他の技術と差別化されています。
・小型サイズと迅速な応答時間:PEM電解層は小型・軽量であり設置の柔軟性が高いです。また、非常に高速な応答特性を持っており、電力の変動が大きい再生可能エネルギーとの相性が良く、エネルギー貯蔵に適しています。
・高純度の水素精製:PEM技術は高いエネルギー効率を持ち、大量の高純度な水素を効率的に生成することが可能です。ITM PowerのPEM技術は現在市場でもっとも純度の高いグリーン水素を生成できるとされています。
・容易な拡張性:ITMPowerはシステムを独立した複数の部分(モジュール)に分割する設計方法を取り入れています。これにより小規模から大規模なギガファクトリーまで多様な需要に対応できます。また、モジュール化されたシステムは、問題が発生した際に影響を受けたモジュールのみを交換、修理できるため、メンテナンスコストを抑えることもできます。
・貴金属使用量の削減:電極に使用する白金などの貴金属を0.4mg/Wまで減らすことに成功し、EUの2030年目標を先行達成しています。これはコスト削減につながる重要な要素です。
一方で、別の水素製造技術であるアルカリ水電解(AWE)技術は、技術の成熟度が高く、幅広い規模のプロジェクトに対応できます。また、カスタマイズ性が高く、多様なプロジェクトに適用されるため、特定のプロジェクト要件に合わせたソリューションを提供することが多いです。
さらに、固体酸化物形電解セル(SOEC)技術は、高温で動作するため、産業プロセスとの統合に適しており、効率的な運用が可能です。
競合企業
ITM Powerの競合企業としては、ノルウェーのNel ASA、アメリカのPlug Power 、ドイツのSunfireが挙げられます。
Nel ASA(ノルウェー)
Nelは、水電解技術の世界的リーダーとして長い歴史を持っています。特に、アルカリ型とPEM型の両方に対応しており、それぞれの技術の特長を活かして多様な市場に柔軟に対応できる点が大きな強みです。
アルカリ型は、成熟した技術であり、コスト効率が高く、大規模プロジェクトに適しているため、産業用水素製造で広く利用されています。Nelは、大規模な商業プロジェクトやインフラプロジェクトに積極的に取り組んでおり、特に北欧やヨーロッパ全体での存在感が強いです。
Plug Power(アメリカ)
Plug Powerは、水素燃料電池技術のリーダーとして知られ、主にエネルギー貯蔵や物流、輸送業界に大きな存在感があります。燃料電池システムの開発を軸に、クリーンなエネルギーソリューションを提供しており、再生可能エネルギーと水素の連携を強化しています。
最近では、大規模な水電解プロジェクトに加えて、燃料電池技術を組み合わせたシステムソリューションを展開し、特にアメリカ市場での成長が著しいです。
また、Plug Powerは企業買収を通じて水素供給チェーン全体をカバーし、水素エネルギーの普及を加速させています。2020年代に入り、再生可能エネルギー市場での成長に拍車がかかり、ITM Powerに対しても大きな競争力を持つ企業です。
Sunfire(ドイツ)
Sunfireは、固体酸化物電解セル(SOEC)技術に特化しており、産業用水素製造に強みを持つ企業です。SOEC技術は、従来のPEMやアルカリ型電解装置と比較して高温で動作するため、より高効率な水素生成が可能です。この技術は、特に産業分野での活用が期待されており、製鉄や化学工業といったエネルギー集約型産業に対してクリーンな水素ソリューションを提供します。
加えて、SOECは水素だけでなく、合成ガス(サイングス)も生成可能であり、これにより、持続可能な燃料や化学製品の製造にも貢献しています。Sunfireは、産業分野における水素経済の拡大に大きな影響を与える可能性がある企業の一つです。
競合との比較
ITM Powerはグリーン水素製造メーカーの中でも、装置の大規模化、大量生産に強みを持っています。ITM社のPEM型水電解装置であるNEPTUNEにおいては、現在導入されている一般的な水電解装置に比べ、大幅な操業費低減を実現しており、水素製造の課題であった、高コスト、大規模化の遅れ、といった課題に対してソリューションを提供しています。
2024年6月には住友商事と東京ガスが共同で、ITM Power社のメガワット級PEM型水電解装置を用いた水素製造実証実験を横浜テクノステーションにて開始しており、日本市場における今後の拡大も期待されています。
業界におけるITM Powerの立ち位置
ITM Powerは、PEM型水電解装置の分野でリーダー的存在としての地位を確立していますが、競合他社と比較すると特定の領域に強みと限界が見られます。
特に、Nel ASAはアルカリ型とPEM型の両方を提供し、より幅広い市場での対応力があります。また、Plug Powerは売上高とエネルギー貯蔵分野で優位に立ち、Sunfireは産業用に特化したSOEC技術を用いて異なるアプローチで水素経済に貢献しています。
ITM Powerの強みは、メガワット級のPEM技術で再生可能エネルギーとの統合に重点を置いている点です。一方、他社が持つ技術の多様性や市場シェアで競争力があるため、ITM Powerはより特化された分野での競争優位を維持しながら、技術革新と拡大を図る必要があります。
今後の動向
ITM Powerは技術開発を継続し、材料科学分野で革新的な製品を開発・製造するグローバル企業であるWL Gore & Associates 社などとの協力により、PEM水電解技術の性能向上を図っています。
水素技術のリーディングカンパニーとしての今後の動向は以下の通りです。
大規模プロジェクトへの注力
ITM Powerは、大規模な電解槽プラントの設計・開発に注力しており、特に公益事業や石油・ガス業界からの大規模産業施設の需要に応えています。
2017年のハノーバーメッセで発表された100MW規模の電解槽プラント設計は、この戦略を象徴するものであり、同社の成長方針を示しています。これにより、大規模プロジェクトへの対応力が強化され、水素エネルギー市場での競争力が一層高まっています。
市場拡大
ITM Powerは、Power-to-Gas、精油、製鋼、および輸送用クリーン燃料といった多様な分野での需要増加に対応し、市場拡大を目指しています。
主戦場である、欧州、北米だけでなく、住友商事と日本市場での電解層製品の独占供給契約を結ぶなど、日本などのアジア市場への展開も加速させています。この分野での水素エネルギーの需要は年々高まっており、ITM Powerはこれらの市場に迅速に対応することで、さらなる成長を遂げようとしています。
受注増加の傾向
ITM Powerの成長は、売り上げ増加にも表れています。具体的には、2021年度の4.3百万ポンドから2024年度には132.3百万ポンドへと、約30倍に増加すると予想されています。このような着実な売り上げの増加により、ITM Powerの市場での地位はますます強固なものとなっています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。今回はITM Powerの独自技術や今後の展開などについてご紹介しました。
ITM Powerは、その技術的優位性と戦略的な取り組みから、今後の水素エネルギー市場で重要なプレイヤーとしての成長が期待されます。受注も順調に増加しており、住友商事、東京電力、シェルやトヨタといった大手企業との提携により、主力技術であるPEM型水電解装置を中心に、さらなる市場拡大が見込まれます。
世界的な脱炭素化の流れの中で、水素エネルギー市場は急速に拡大すると予測されており、ITM Powerは、今後も市場をリードしていくことが期待される企業です。
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